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## 沸騰獏脳

夕焼けが、脳みそを染める。オレンジと紫の混沌とした風景が、まるで沸騰した獏の脳みそのように渦巻いている。五十路を過ぎた男、沢田雄介は、古びたビデオデッキの前にへたりこんでいた。手にしたリモコンは、冷たく、そして滑っていた。

画面には、少女が映っている。No.1729「悦虐の堕天使みほ18才」。秋山みほ。その名前は、彼の脳裏に深く刻み込まれていた。10年前、彼の生活は、このビデオ、この少女によって、狂い始めたのだ。

当時、行き詰まった仕事、崩壊寸前の家庭。人生のどん底にいた沢田は、偶然立ち寄ったレンタルビデオ店で、この作品を見つけた。鮮烈な映像、官能的な描写、そして少女の複雑な表情。それは、現実逃避というよりも、彼の魂に深く食い込むような衝撃だった。

みほの歪んだ笑顔、反抗的なまなざし、そして隠しきれない脆さ。それは沢田の過去のトラウマ、抑圧された欲望、そして失われた少年時代の幻影と奇妙に重なった。彼は、みほに、自分自身を重ねていた。

以来、沢田は、似たような作品を次々と探し求めるようになった。「悦虐の堕天使玲18才」No.1832。片瀬あきら。そして「悦虐の制服○僕2」No.2208。西澤友里。それぞれの少女たちは、それぞれ異なる物語を紡ぎながら、しかし共通して、沢田の心の奥底に潜む闇に、触れてきた。

これらの映像は、もはや単なるAVではなく、彼の精神世界を反映した鏡になっていた。少女たちの苦悩や葛藤は、彼の自身の心の闇を映し出し、官能的な描写は、彼の抑圧された衝動を解放していくかのようだった。

しかし、その快楽は、次第に空虚さを孕むようになっていった。画面の中の少女たちは、彼の孤独を際立たせるだけの存在となり、満たされるどころか、かえって渇望を募らせるだけだった。彼は、現実と虚構の狭間で、彷徨っていた。

妻との関係は冷え切っていた。仕事は行き詰まり、将来への不安が彼を蝕んでいた。現実世界では何も得られない。彼は、ビデオの中の少女たちだけが、彼を理解してくれる存在だと信じ始めていた。

ある日、沢田は、レンタルビデオ店に新しいビデオを発見する。それは、これまで見た作品とは明らかに違っていた。タイトルは「再生」。内容は、少女たちのその後を描いたドキュメンタリーだった。

映像は、衝撃的なものであった。秋山みほ、片瀬あきら、西澤友里。あの時、画面の中にいた少女たちは、今、どうしているのか。華やかな世界の裏側には、想像を絶する苦悩と悲劇が待ち受けていた。

みほは、薬物依存症に苦しみ、孤独な生活を送っていた。あきらも、芸能界の闇に呑み込まれ、精神的に不安定な状態にあった。友里は、新たな人生を歩もうとしていたものの、過去の影に悩まされていた。

沢田は、画面の中の少女たちの現実を目の当たりにし、激しいショックを受けた。彼の沸騰するような欲望は、冷え切った灰のように、沈んでいった。彼が感じていた官能的な快楽は、少女たちの悲劇の上に成り立っていたのだと、初めて気づいたのだ。

彼の白昼夢、官能を求める欲望は、虚しい自己欺瞞だった。彼は、これまで、少女たちの苦しみを無視し、自分自身の欲求だけを満たそうとしていた。

リモコンを置く沢田の手は、震えていた。画面の少女たちの姿は、もはや、彼の欲望の対象ではなく、救いを求める存在として映っていた。彼は、これまで見てきたビデオを処分することに決めた。

夕焼けは、少しずつ色を失っていった。沢田の心にも、静かな風が吹き始めた。沸騰していた獏の脳みそは、ゆっくりと冷えていく。彼は、新たな人生を、現実の世界で、探し始めることにした。それは、容易なことではないだろう。しかし、彼は、もう、虚構の世界に逃げ込むことはなかった。彼は、現実と向き合うことを決意したのだ。彼の再生は、これから始まる。