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■ 眩暈、そして頂へ

「ジュニア世代！！！驚愕の実力！！！」

その見出しが、チームのロッカールームに響き渡った。壁に貼られたスポーツ新聞を、キャプテンの健太は指差した。チームメイトの視線が、皆一様にその見出しに集まる。

「なんだよ、これ…」

エースストライカーの拓海が、呆然と呟いた。昨夜の試合、俺たちは確かに勝った。だが、相手は格下のチームだったはずだ。それに、俺たちが「驚愕」するほどのプレーをした記憶もない。

「見出し、大げさすぎだろ…」

そう口にしたのは、ボランチの悠真だった。彼は冷静沈着で、常にチームの状況を分析する男だ。しかし、その顔にも僅かな動揺の色が見えた。

「でも、監督は喜んでたじゃねえか。俺たちが目立たないと、次の試合の相手に舐められるって言ってたぞ」

そう言ったのは、控えのキーパー、悟だ。彼の言葉に、皆は少しだけ顔を上げた。確かに、監督はいつも戦略家だ。この見出しは、我々にとって一種の「挑発」なのかもしれない。

「…わかった。この見出し、俺たちの『覚悟』だ。次の試合、どこが相手だろうと、見返してやろうぜ」

健太は、新聞を力強く握りしめた。その声に、チームメイトは静かに頷く。眩暈がするような、しかしどこか高揚感すら伴う見出し。それは、我々ジュニア世代の、これからの戦いの幕開けを告げる号砲のように思えた。

*

俺たちのチーム、「ブルーエンジェルス」。名門高校サッカー部だが、ここ数年、全国大会とは縁が遠かった。主力だった3年生が卒業し、残されたのは、俺たち2年生と、さらに若い1年生たち。正直、不安しかなかった。

しかし、春の合宿で、状況は一変した。1年生の中に、規格外の選手が数人いたのだ。

まず、FWの「神童」と呼ばれる、レン。まだ1年生だというのに、そのドリブルはまるでボールが彼の一部かのように滑らかで、相手ディフェンダーを幾度となく嘲笑うかのように抜き去る。彼のシュートは、風を切ってゴールネットを揺らす。まるで、漫画の世界から飛び出してきたかのようだった。

そして、MFの「司令塔」、ヒロ。彼は、まだ幼さを残す顔立ちとは裏腹に、ピッチ全体を見渡す視野の広さを持っていた。パスの精度は抜群で、相手の意表を突くスルーパスは、チームメイトを何度も決定的なチャンスに導いた。彼のプレーには、計算された「無駄」がない。

さらに、DFの「壁」、タク。彼は、並外れた身体能力と、粘り強いディフェンスで、相手の攻撃の芽をことごとく摘み取る。その闘志は、チーム全体に火をつける。彼がボールを奪った時の、あの吠え声は、観客席をも震わせるほどだった。

俺たち2年生も、もちろん懸命に練習に励んでいた。キャプテンとして、チームをまとめなければならないという責任感。エースストライカーとして、ゴールを決めなければならないというプレッシャー。ボランチとして、攻守の要とならなければならないという使命感。しかし、彼らの存在が、俺たちの「当たり前」を、遥かに高いレベルに引き上げていった。

「奴らのプレーを見てると、自分たちがどれだけ甘かったか思い知らされるよ」

練習後、汗だくの拓海がそう呟いた。彼が言う「奴ら」とは、もちろん1年生のことだ。

「でも、それって、俺たちにとってもチャンスなんじゃないか？ 彼らに追いつこう、追い越そうって思える」

悠真が、いつもの冷静さを保ちつつ、 optimisticな意見を述べた。

「そうだな。彼らの存在が、俺たちを成長させてくれる。このチームは、もっと強くなれる」

俺は、そう確信した。

*

そして迎えた、夏のインターハイ予選。初戦の相手は、言わずと知れた格下チームだった。試合は、俺たちの予想通り、一方的な展開で進んだ。レンは、まるで遊びのように相手ディフェンスを翻弄し、ハットトリックを達成。ヒロは、正確なパスでチャンスを演出し、タクは、相手に全く仕事をさせなかった。

結果は、10対0。圧倒的な勝利だった。

しかし、試合後、ロッカールームに届いたスポーツ新聞の見出しは、俺たちを驚愕させた。

「ジュニア世代！！！驚愕の実力！！！」

「…なんの冗談だよ」

拓海が、新聞を放り投げるかのように置いた。

「俺たちが、驚愕されるようなプレーをしたって言うのか？」

「相手が弱すぎただけだろ」

悠真も、不満そうに口にする。

「でも、監督は…」

悟が、何か言おうとしたが、健太がそれを遮った。

「…もういい。この見出し、俺たちの『覚悟』なんだろ？」

健太は、新聞を力強く握りしめた。

「次の試合、どこが相手だろうと、見返してやろうぜ」

その声に、チームメイトは静かに頷く。

*

しかし、その見出しが、我々をさらなる試練へと導いた。

次の試合の相手は、全国大会常連の強豪校だった。彼らは、俺たちのことを「ジュニア世代」と呼び、舐めきっていた。

「まあ、あの程度のチームに勝ったくらいで、調子に乗るなよ」

相手チームのキャプテンが、試合前にそう挑発してきた。

俺たちは、怒りに燃えた。しかし、試合が始まると、相手のレベルの高さに圧倒された。彼らのプレーは、俺たちの想像を遥かに超えていた。

俺たちは、前半を0対3で折り返した。

ロッカールームは、沈黙に包まれていた。誰もが、絶望に打ちひしがれていた。

「…どうしよう…」

拓海が、力なく呟いた。

「俺たちの実力なんて、この程度だったってことなのか…？」

悠真も、珍しく顔を曇らせている。

その時、レンが立ち上がった。

「…まだ、終わりじゃない」

彼の声は、震えていた。しかし、その瞳には、強い決意が宿っていた。

「俺たちは、まだ『驚愕』されてない。俺たちの本当の実力は、こんなもんじゃない」

レンの言葉に、俺たちは顔を上げた。

「そうだよな。俺たちは、まだまだ強くなれる」

ヒロが、静かに言った。

「彼らのプレーは、確かにすごい。でも、俺たちだって、負けてない」

タクが、闘志を燃やした。

「俺たちには、まだ、やれることがある」

健太は、チームメイト一人一人に目をやった。

「この見出しは、俺たちの『覚悟』だ。そして、俺たちの『挑戦状』でもある。相手が、俺たちのことを『ジュニア世代』と呼ぶなら、俺たちは、その『ジュニア世代』が、どれだけ驚異的な存在になれるのか、証明してやる」

俺たちの心に、再び火がついた。

*

後半、俺たちは、まるで別チームのようなプレーを見せた。

レンは、怒涛のドリブルで相手ディフェンスを切り裂き、2ゴールを奪う。ヒロは、正確なパスでチャンスを作り出し、拓海が、そのパスにしっかりと応え、ゴールネットを揺らす。タクは、粘り強いディフェンスで相手の攻撃の芽を摘み取り、チーム全体に勢いをもたらす。

俺も、ボランチとして、攻守にわたり奮闘した。

試合は、終盤、3対3の同点になった。

そして、アディショナルタイム。

レンが、相手ディフェンスの隙をつき、ロングシュートを放つ。ボールは、空高く舞い上がり、ゴールネットを揺らした。

4対3。逆転勝利だ。

試合終了のホイッスルが鳴り響いた瞬間、俺たちは、互いに抱き合い、歓喜の声を上げた。

スタンドの観客も、熱狂の渦に包まれていた。

「ジュニア世代！！！驚愕の実力！！！」

その見出しが、再び、俺たちの頭の中に響き渡る。

今度は、眩暈ではなく、誇りと、そして、さらなる高みへの期待感と共に。

俺たちは、まだ「ジュニア世代」。しかし、俺たちの「驚愕の実力」は、ここから始まるのだ。